今回の参議院選挙の争点は、依然として「改憲」です
今回の参議院選挙に臨み、もともと安倍政権は戦後はじめて政府与党が「改憲」を争点にすることを明言しました。ところが、その後、年金をめぐる大失態や松岡前農相の不正会計・自殺などが起こり、また同じ与党の公明党が「参院選で改憲を争点にすべきではない」と申し入れたという事情もあり、何か後景に退いたのかと思わせました。
しかし、最終的に自民党が「選挙公約」として掲げた筆頭の課題は「2010年の国会で憲法改正案」を発議する、というものです。2010年、つまり3年後に改憲を発議するのが、自民党の選挙公約であることを、私たちは改めて肝に銘じておかなければなりません。
彼らが、選挙向けの人気取りのために、年金問題の解決策やら、ふるさと支援やら、環境問題やらを並べ立てたとしても、もし選挙で勝てば「改憲は国民の意思」と称して、それを一挙に推し進めるのは目に見えているからです。
なぜ9条の改憲が危険なのか……それが「戦争国家」への道を開くから
改憲論者は「押しつけられた憲法から自主憲法へ」「自衛のための軍は必要」「国際貢献を果たすために派兵は不可欠」……と論じ立てます。たしかに現憲法の成立に在日米占領軍総司令部が深くかかわっていたのは事実です。
しかし、日本国民が「もう戦争はコリゴリ。日本は二度と戦争はしたくないし、それが可能な国際平和を実現したい」と思って受け容れ、戦後日本の政治経済社会の基礎にしてきたのも事実です。安倍首相はそのレジューム(体制)を否定し、改変を叫んでいるのですから、行き着く先は「戦争国家」になります。
奇妙なことに、「自主憲法」を声高に主張する人たちほど、集団安全保障や集団的自衛権の行使、つまりアメリカ軍との共同行動を強調しています。現憲法下でさえ、アメリカの暴走による非道なイラク戦争に、日本は自衛隊を派遣し「復興支援」に名を借りて参戦しています。いまなお航空自衛隊は米軍の指揮下に補給作戦に従事していますし、海上自衛体のイージス艦は遠くインド洋にまで進出しています。これらが日本の自衛のためでないことはもちろん、国際貢献に寄与するものでしょうか。
むしろイラクでストリート・チルドレンの救済を行なってきたNGOの活動や、アフガニスタンで医療と農業用水路の建設を展開しているNGOペシャワール会の活動のほうが、はるかに現地の人々の生活に貢献し、日本との信頼を築くことに成功しているのは明らかです。
9条改憲によって「自主」憲法が制定され、米世界戦略への「追随」が深まる構図は、笑えない「戦争国家」への道です。これが、中国を敵国に見たてた「新冷戦」体制を築こうとするアメリカの軍産複合体やネオコン路線と水面下で結びついていけば、日本とアジアの諸国民にとって、これ以上に危険なことはありません。
改めて指摘するまでもなく、世界のあらゆる「侵略戦争」は「自衛のために」行なわれました。あのヒットラーでさえ、「フランスがベルギー・オランダを占領することを防ぎ、ドイツの生存を守るために」フランスの防衛線を電撃的に突破しパリを占領したのです。大日本帝国も「満蒙こそ日本の生命線」といい、それを「守るために」中国大陸の奥深くまで侵略していきました。ですから、そのような国家体制と対外戦略を未然に防ぐことが大切になります。
成島忠夫氏が語るように、戦争放棄を国是とする「9条」こそ、そのための最大の財産であり、積極的に「善隣外交」「不戦条約体制」「平和国家」を築いていく道の指針となるものです。
メディアを動員した反「北朝鮮」キャンペーンについて
9条問題を語るときに必ず引き合いに出されるのが、北朝鮮問題です。「拉致」や核開発・ミサイル発射実験を行なう「北朝鮮」が存在するからには、日本も9条を変えて、戦争できるようにすべきだ、それでないと無防備になる、というもので、中には日本も核武装する必要がある、という意見もしばしば見られます。安倍首相自身が「拉致」問題をめぐる強硬派として名をあげてきただけに、これらの主張との議論は避けて通れないのではないか、と思います。
最初に、大前提として確認しておくことは、北朝鮮が置かれている状況がどうであれ、国家犯罪である「拉致」や核開発やミサイル開発を、私たちは絶対に認めない、という点です。北の政府が、過去に犯した国家組織による犯罪の非を認めるのであれば、一点の曇りもなく事実関係を明示すべきです。また大国からの経済的圧迫を逃れるために「核を弄ぶ」など、もってのほかです。
ただ反「北朝鮮」キャンペーンを展開する論者が、北の脅威があるから日本も改憲して軍事力を強化し、集団安全保障(日米軍事同盟)への参加を公然と認め、「交戦権」をもつべきだとする主張に対しては、はっきり反対します。
これまでの日本政府の北朝鮮に対する態度に非はなかったのでしょうか。最大の問題は日本が北朝鮮政府と国民に対して、第二次大戦時の戦争状態を公式には終わらせていないことです。戦前・戦時において日本が植民地支配を行ない、強制連行や従軍慰安婦を強制し,さらには皇民教育,創氏改名(国民の姓名さえも奪う)政策を強いたのは、朝鮮半島の南の半分だけではありません。しかし、1965年の日韓条約の締結時も韓国とだけ戦争終結と、賠償に代わる有償無償6億ドルの経済支援が行なわれました。それは冷戦下に対社会主義圏包囲の戦略に沿ってとられた措置ですが、冷戦崩壊後も、北朝鮮の政府と国民は事実上、切り捨てられたまま今日までに至っています。
「北の脅威」を無くすには、まずこのような差別・不条理な関係を正常化し、少なくとも韓国と同等の謝罪と必要な賠償を行ない、北朝鮮の民生の安定と開放的な社会形成をしていくことが必要かつ、有効な政策です。その上で、韓国と協力して、経済提携や市民レベルの交流を進めれば、北朝鮮の国民を「反日帝」に駆り立てる根拠がなくなるからです。北朝鮮の疑心と不満を取り除く努力こそ、脅威の払拭の要です。この間の単なる「経済制裁」の実施で何が前進したのか、あるいは軍事対決を強めて何がもたらされるのか、メディアに踊らされるのではなく、私たち自身の冷静な目で判断しなければなりません。
「改憲」で日本がアジアの脅威になる
ところで、アジアの諸国にとってみますと、日本は経済大国であるだけでなく、すでに世界でも有数の軍事力を備えた国であると映っています。その国の政府が全く大義のない戦争にもかかわらず日米同盟をタテに、遠くイラクの地へ派兵したのです。加えて首相が靖国参拝を強行・反復して戦前の精神的支柱を崇めたり、安易なナショナリズムに傾斜したりしてきたのですから、少なくとも政治の分野で日本がアジアでの孤立を強めてきた傾向は否めません。経済は日本抜きに成り立たないから、という安易な判断は「傲慢」と受けとられるでしょう。
そして、今後もしも9条改憲への道を歩むようなことになれば、日本は、アジアから見ると、北朝鮮よりもはるかに現実的な脅威とみなされます。
「戦争国家」は物言えぬ社会 ところで、アジアの諸国にとってみますと、日本は経済大
「戦争国家」体制は、すべての国民に戦争への協力を優先させます。戦前・戦時の日本では「国家総動員体制」と呼ばれ、それに反した者には、内務省・特高警察と軍部・憲兵隊による容赦ない弾圧が加えられました。先日陸上自衛隊の情報保全隊が、イラク派兵に反対する市民への情報収集と称する活動を行ないました。それだけではなく、年金問題や消費税反対の動きなども監視していたといいます。防衛大臣は「公開の場での情報収集だから問題ない」などと開き直っています。
そうではなく、そのような陸自の情報保全隊の監視活動を、一体だれが公務として認めたのか、が大問題なのです。かつての憲兵隊は演説会場に臨席し、政府や軍に批判的な発言をすれば、「弁士中止!」とどなり、やがて「検束!」と叫んで逮捕してしまうのが常でした。思想犯を監視し、拷問にかける特高警察との二人三脚。それはまさに物言えぬ社会です。戦争国家は決して「美しい国」や現状打開への「期待の国」ではないことを、改めて認識しようではありませんか。