米朝対話に焦る安倍内閣
6月23日付けの朝刊(朝日新聞)は北朝鮮の核をめぐるアメリカと北朝鮮の間の進展状況について報道していた。アメリカのヒル国務次官補の北朝鮮と韓国訪問の記事である。
アメリカと北朝鮮の間に対話が進み、それから置き去りにされつつある日本政府(安倍内閣)は焦っているというという解説も付されている。その解説の最後には外務省首脳の「ありとあらゆる機会を使って拉致問題を言い続けるしかない」という話も付け加えられていた。
「タブー」の議論を
一つ覚えのようなセリフしかはけない三文役者のような政府の姿を我々はここから読み取ることができる。
北朝鮮問題、とりわけ拉致問題で強固な姿勢をとることで安倍晋三は人気を博し、首相になったことは誰もがよく知るところだ。
だが、ここには重要な問題が含まれており、それは拉致問題の解決を遅らせるかも知れないことを多くの人は感じていたと思う。それを指摘し、それと違って拉致問題を含めた北朝鮮問題の解決の方法や構想を語ることはタブーになってきた。この一連の流れを踏まえながら、拉致問題を含めた北朝鮮問題の解決の方向を議論すべきではないのか。
人気取りの先の袋小路
北朝鮮の拉致問題が国家犯罪であることは明らかであるし、その根本が北朝鮮の権力構造に発していることははっきりしている。この拉致問題は本質的には北朝鮮が拉致問題を国家犯罪として謝罪することであり、北朝鮮の国家権力が開かれて行くことにおいて解決が具体化されるという以外にはない。
問題は北朝鮮と日本との間に国交も開かれておらず、かつ戦争の処理も未解決の状態でこれを解決していくのかという方法であり、構想である。
北朝鮮を武力行使まで含めて追い詰めていくのか、何らかの政治的解決を志向するのかである。安倍首相やその取り巻きはブッシュ政権の「ならず者国家」戦略に便乗し、この前者の道を取った。そして何よりもたちが悪いのは武力行使の展望も度胸もないままに、それを政権の人気取りに利用したことである。被害者意識と恐怖感をあおり、それによって政治家としての人気を得るという道をとったことである。
これは安倍首相やその取り巻きが善意であったと、善意でやったとかいうのは関係ない。若しそうなら、善意の道は地獄に通じているということだ。安倍は拉致問題を政治的人気に使ったために自分だけでなく、他者も含めてその政治的解決の道を狭めたのである。袋小路に追い込んだのだ。
政治・外交による解決
拉致問題の解決はいい。それをどのように解決するかが政治的道であり、外交的道である。国家があり、外交があるということはそれを介した解決策があるということである。政治家や外交官の役割である。それをできなければ交代をするしかないではないか。
(文責 三上治)