ブッシュの北朝鮮戦略の転換
テレビのチャンネルを切り替えていたら、「北朝鮮問題は終わったか」というタイトルが目にとびこんできた。野球の番組にこころが行っていたから、一部分しか見られなかったのは残念であったが、改めて日本政府の焦りはうかがえた。
アメリカは北朝鮮の核開発問題を外交問題で解決するための動きに入ったことは誰もが確認できることであろう。今年の初めからのアメリカの北朝鮮への働きかけや6者協議会での動きを見ればこれは明らかだ。「ならず者国家」として指定し、先制攻撃も辞さずとしていたブッシュの北朝鮮戦略は転換しつつある。
この背景にはイラク戦争の行き詰まりとブッシュ政権への国民的支持の急落がある。
ブッシュ路線に便乗しようとした安部首相
日本側のテレビキャスターは日本政府の声を代弁するかのように「長年の友人であるアメリカに裏切られたような感じがする」と述べていた。アメリカが北朝鮮の核問題の解決を、先制攻撃を含む軍事的解決から転換しつつある状態を安倍首相やその周辺がそのように受け止めていることは推察できる。だからその発言は政府筋の率直な代弁であったと思える。
安倍首相らは拉致問題を「ならず者国家」の所業であり、その解決を戦争も含めた軍事戦略の中で解決しようとした。ブッシュの戦略に便乗してである。安倍首相らは日本政府にそんな軍事担当能力はないことはわかっていたから、ブッシュ路線に便乗してやろうとしていたのだ。
心理的な戦争の演出
我々がここでじっくり見るべきことは、安倍首相らの拉致問題における強硬姿勢は心理的な戦争の演出であったし、多くの国民は心理的にせよそれに乗せられたということだ。
戦争とは他の国家の恐怖心を国民に浸透させることである。他の国家からの恐怖や被害者意識で国民を組織することである。侵略される、攻撃されるという恐怖を浸透させるのだ。
そのとき、他の国家の像が歪んでいたり、誇張された状態になることはいうまでもない。戦争は他国の恐怖心を煽り、自己の政治的基盤を強硬にしようとする為政者の行為として現れる。
9月11の同時多発テロの恐怖をブッシュは他国の恐怖にして戦争に誘導した。安倍は拉致問題を同じように使ったのだ。
戦争の原型
戦争状態になると政府への抵抗や異議申し立てが出来にくくなる。
アメリカでは反テロ戦争下で「恐怖の文化」が支配しているような状態を生んだ。日本では北朝鮮問題がタブーのようになっているのも同じことである。
我々は北朝鮮問題の推移の中に戦争の原型をみた。武器は使われなくても戦争がどのように現れ、現象するかをみたはずだ。それをじっくりみることは、憲法9条の存在意味を再確認することにつながる。
(文責 三上治)