遺恨十年一剣を磨く
お元気ですか。「遺恨十年一剣を磨く」、という言葉が記憶の底から出てくるのですが、思い出したようにぶつぶつとつぶやいています。そういえば君がこの言葉を教えてくれたのですね。
僕は今、長年の我が友の参院選出馬に応えたいと思ってささやかな活動をしています。といってもたいしたことが出来るわけではないのですが。
君も知っての通り僕は、「選挙は意識的な棄権」がベストと考えてきました。ですから、今回の行動を伝えしたいと思います。僕のこの動機には成島さんの人柄にというところが大きいのですが、政治的の動機もあります。それを書いてみます。今更、なんて思われるのが心配ではありますが。
国家に対する姿勢に危惧
やはり、今回の選挙への積極的なかかわりには憲法改定の動きがあります。
安倍政権は憲法の改定を掲げて登場した戦後初の内閣ですが、僕はこのことに深い危惧を持っています。直接的には自民党の新憲法草案にあるような現行憲法の第9条第二項の改定(軍隊の放棄から自衛軍の創設へ)にそれはあります。
でも、根本的には彼の国家(国家権力の行使、あるいは国家運営)に対する姿勢に危惧はあるといえます。安倍首相はかつての日本の総理大臣として安保改定を指揮した岸信介の孫にあたり、このことは何かにつけて引き合いに出されるのですが、国家に対する姿勢だけは悪性遺伝のように受け継がれていると思えてならないのです。
自衛隊出動まで策した岸信介
もう40数年も前ですが安保改定に対する国民的な反対運動が高揚したのは岸信介の国家に対する姿勢(国家権力を行使する態度)への危惧と異議でした。
彼は後に首相になる弟の佐藤栄作と共に、国民の反対運動に自衛隊を差し向けようとしたといわれています。これは、当時の閣僚や自衛隊幹部らの強固な反対で立ち消えてのですが、歴史的なエピソードとしてあります。
ここに暗示されているように彼らにとって国家権力の行使は国民の意志の代弁に過ぎないという姿勢(自覚)は微塵もありません。民主主義や自由といったところで便法に過ぎないのです。
安倍首相は国家運営を司るものに最も必要な国家権力(統治権力)についての自覚が希薄なように思います。
成島さんの快挙に応えたい
むかしなら、遺恨を晴らすために剣を磨いてということになったのでしょうが、今は剣ならぬ国家についてのいての見識と構想を深めてということになるのでしょう。
僕はかつて全学連の旗の下で安保闘争を担った面々と憲法改定の反対運動を立ち上げてきました。成島さんとはそこで再び出会い、行動を共にしてきました。彼の国家に対する、あるいは憲法に対する見識や構想に共感したのですが、また、選挙なんて誰もが避けたがる行為に挑んでいる成島さんの快挙に応えたいと思ってもいるのです。参院選でもはじまったら、時折、思い出してください。
◆成島忠夫・憲法を語る 選挙戦突入準備後援会総結集の集い!
7月8日(日)午後6時〜9時 中野ゼロホール西館・第一学習室
(文責 三上治)