
国会南通用門に掲げられた樺美智子さんの遺影
1960年の6月15日、日米安保条約の改定に反対する闘争の中で犠牲となった樺美智子さんの遺影を前に、追悼献花を行いました。
あれから47年もたってしまい、運動の激動に身を投じた仲間たちも、いつしか初老の域を過ぎました。
今回の行動では、かつての運動の中にあった否定的側面を克服することも重要な課題とされ、運動の形式の点でも、都内各地からデモ行進して会場に集合したり、メガホン兼用のカスタネットで替え歌をうたったり、創意に満ちたものでした。
多様な運動体が参加

いろどどりの「のぼり」のはためく会場
初夏の爽やかな夕暮れの中で、津軽三味線の軽やかな響きとともに開会。
会場には色とりどりののぼりが立ち並び、多様な運動体が参加しているようすがうかがわれました。
早稲田大学の手書きののぼり。練馬などの地域のグループ、自衛隊員家族と退職自衛官の会。法政大学で処分反対を戦う学生たち。
「多様性こそが運動の力」という思想が、かつての対立の思想に代わってきたことが感じられました。
銀座デモ

替え歌を歌って道行く人にアピール
集会に続いて、銀座デモに出発。
「しあわせなら手をたたこう」を「改憲NOなら手をたたこう」と替え歌にして歌い、改憲阻止、自衛隊イラク撤退、などの声を大手町から銀座の町に響かせました。